「食卓の向こう側」 応援団ブログ

西日本新聞「食卓の向こう側」応援団。世の中の「くらし」を明るくします。

【福岡・北九州市】山口 知世(やまぐち・ともよ)歯科医師

得意分野:

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■プロフィル
歯科医師。金丸歯科医院勤務。食育と家族支援研究所 主宰。
東洋医学的な考えをベースに、個々にあったオーダーメードのやさしい歯科診療を目指す。
また診療室の外では子育て支援、家族支援を中心に、乳幼児からお年寄りまでの食育の啓蒙活動に励む。特に食べる機能の充実を図るため離乳食からの食育の大切さを訴え、幼稚園、保育所での健康教室のほか、区役所での離乳食教室のアドバイスもしている。
子供たちが自然とともに生きていく環境づくりに力を入れ、「食べる」ことが心身に与える影響を考えて子育て支援活動にあたっている

口はほんとによく語る

「えっ!また?」今月2回目の義歯の修理である。上顎の総入れ歯の前歯中央から上あご部分にかけてひびが入っている。前回と同じところ。私が急ぎ修理に当たっていると、「○▲さんね。またね。たいへんやのう。」と院長である父。「呑んでするめを引きちぎるんよ。」かなりの飲兵衛だと聞いていたが困ったものである。「入れ歯の食べ方を教えてあげなきゃ」と言うと、父は首を振りながら、「修理してあげたらそれでいいんよ。」
「30年前からずっと言ってきた。歯槽膿漏歯周病)になる前からずっと。入れ歯になってからも。」祖父のころからの患者さん。上の歯が総入れ歯になる前からのお付き合いである。家族構成も本人の生活も熟知した上での診療だ。もちろん、当時からできるかぎりの予防的処置も指導も治療もしてきた(そうだ)。大酒のみで歯みがきをして寝ることは皆無。自分でできないのであれば、毎週口腔ケアに通うように勧めたがかなわず、無念にも総入れ歯に。無念と思っているのは父の方であるが。でも父はそれでいいと言う。総入れ歯になってもちゃんと食べられ、ボケもせず、元気に毎晩好きな酒を好きなだけ飲む。それでも83歳まで元気なんだから、気持ちよく飲ましてやろうや。わしは、あんだけの酒飲みがちゃんと食べられる口でおるだけで満足。

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中学校卒業以来だ。学生服を着ているものの高校に通っている様子はない。奥歯が痛いらしい。口の中を見てみるとタバコのにおいとひどい歯肉炎。歯を磨いてないだけではこんなにはならない。おそらく、加工食品やお菓子を流し込むような感じで、きちんとした食事なんてとっていないのだろう。痛いといっていた歯はかろうじて原形はとどめていたが、歯の半分くらいは虫歯になっているだろうという状態。
「ちゃんとごはん食べてるの?お昼なに食べた?」「・・・マック」「タバコ買うお金があるんやったら弁当でも買わな」「ウィーす」
診療後、院長にこのことを話すと、「荒れとるなあ。おやじが帰ってきたんやろ。」そうか、そういえばもうそのくらい経つ。前回彼が受診したときは、欠けた前歯を治療した。そのころ彼は不思議なことをしていた。自分の髪の毛を抜いてそれでデンタルフロスでするように歯と歯の間に通していたのだ。「なんでそんなことしてるの?」とたずねると、「イライラするから。」彼の歯と歯の間の歯茎には短く切れた髪の毛がたくさん詰まっていた。それからまもなくして彼の父親は服役した。あれから2年。もう出所してもおかしくないころだった。

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1型糖尿病。子供のころから食事制限によく耐え、毎月欠かさず通院していた娘さんだった。この1年姿を見せず、入院でもしたのか心配していたが、ひどく歯が浮いた感じがすると言ってやって来た。久しぶりの来院にほっとしたのもつかの間、口の中をのぞいて驚いた。きれいにブラッシングしてあるものの、一気に虫歯が増えていた。またひどいブラキシズム(歯軋り)も伺える。そして歯周病とは違う口のにおい。赤い舌の先。なんだかつらそうな口の中だ。
「お菓子とかジュースたくさん食べてよくなったの?」「えっ?まあ」目が中を仰ぐ。「最近胃が痛くなったり、吐き気がしたりする?」「そんな時もあるけど吐いたりしない」とつよく否定。「生理は?」「ここ半年くらい・・・。」「そう。ねむれてる?」「あんまり寝られん」雑談をはさみながらしばらく話をした。「せめて何か食べるときはよくかんでね。」
しばらく治療に通ってきた。歯軋り用のマウスピースができた時点で彼女は入院した。心療内科うつ病だった。過食症。口のなかもそう語っていた。

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3代目の独り言。「口はほんとによく語る。」