「食卓の向こう側」 応援団ブログ

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【福岡・宗像市】大林 京子(おおばやし・きょうこ)大林歯科小児歯科医院院長

得意分野:

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■連絡先
大林歯科小児歯科医院
〒811-3425
福岡県宗像市日の里6丁目16番7号
TEL 0940-36-1182
e-mail : info@(あっと)obayashi-shika.com
ホームページは
http://www.obayashi-shika.com/

食卓の向こう側
第5部・脳、そして心<6>
「生きる意欲とつながる」より

 四月上旬、福岡県宗像市。閑静な住宅街に一台の軽自動車が止まり、白衣の女性たちが降り立った。

 この日は、週一回の大林歯科小児歯科(同市)の訪問診療日。「お口の具合、どうですか。ちょっと診ましょうね」。院長の大林京子(56)が声をかけると、ベッドに横たわった山口進一(66)が大きく口を開けた。

 山口は感覚や知能が正常なまま運動神経が侵され、全身が動かなくなる筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者。口内を清潔にしておかないと、雑菌が気管に入って肺炎を引き起こす恐れがあるため、大林の訪問診療を受けるようになって四年目になる。

 口腔ケアの担当は、歯科衛生士の花岡弥生(22)。何種類もの歯ブラシを取り換えながら、歯と歯のすき間を、丹念に磨いたり、マッサージしたり。最後に大林の口内チェックを受け、舌を上下左右に動かす訓練をして終了。「おつかれさまでした」という花岡の声に、山口の目が笑った。

 この夜、山口にはもう一つの楽しみがあった。今年一月から始めた週三回の宅配弁当だ。料理をミキサーで粉砕して、とろみをつけたもので、健常者が食べる弁当のイメージとは異なる。だが、普段、チューブで胃に直接栄養を送り込んでいる山口にとっては、大変なごちそうだ。

 「食べ始めて一カ月後、忘れていた味覚が戻った」と山口。唯一動く足の指を使ってパソコンを操り、「今を生きる」というホームページで情報を発信。講演にも出かけるなど、積極的に人生を送る。食べ、味わい、飲み込む楽しみは、まさに生きるエネルギーとなっている。

    ×   ×

 なぜ、噛むことは生きることなのか―。それは、噛む行為が、脳の中枢とつながっているからだ。

 あご周辺や手の神経は、大脳新皮質で運動・感覚をつかさどる部位の大半とつながり、食べることによって発生する刺激を脳に送っている。さらに、食べることは、体を正常に保つために無意識に働いている自律神経系に作用して、緊張がほぐれ、リラックスする効果も出る。

 それだけにとどまらない。中村学園大大学院教授の坂田利家(68)は、「噛むことは、肥満防止につながり、唾液(だえき)の抗菌作用によって、がんや風邪にかかりにくくなる。記憶力、学習力向上の効果もあり、生きる上での基本的な働きを活性化させる」と言う。

 「早食いは太る」ということわざがある。坂田によると、ササッと食事すると、胃が「おなかいっぱい」という信号を脳に伝えるのが遅れ、つい食べ過ぎて、肥満になるのだという。よく噛んで食べれば、ヒスタミン神経系が刺激され、脳の満腹中枢が活性化する。その結果、「腹八分」でも満足できることになるわけだ。

    ×   ×

 訪問診療を続ける大林には、忘れられないことがある。

 二年前、訪問したある老人ホームの八十代の女性のことだ。彼女は、パーキンソン病で、少し痴呆も進み、ほぼ寝たきり状態だった。大林は、歯がボロボロで、噛み合わせが悪いことを知り、入れ歯を提案。看護師と協力して、噛むための機能訓練を施した。その結果、約二カ月で表情が戻り、言葉も出るようになった。

 食事は、刻みご飯から普通のメニューに変化。車いすで談話室に出かけては、ほかの入所者との会話も楽しむようになった。「明らかに、生きる意欲が出てきた」と、ケアを担当した看護師の次郎丸洋子(41)は、その劇的な変化に目を丸くする。

 「口腔ケアを通じ、少しでもいい状態で長生きしてほしい」。開業医の傍ら、一九九九年に「むなかた介護サービス研究会」を設立して以来、訪問治療で地域を走り回る大林は思いを語る。

 「口は病の入り口、魂の出口。口の健康を守ることは、ただ虫歯や歯周病を防ぐためではなく、心のあり方にも深くかかわっている。そのために私は歯科医として、もっと予防に力を入れた活動がしたい」